館長エッセー 第3回 全能か、分担か
美術館とは何によってかたちづくられているのか。このように問われた時、私はいつも三つの要素を取り上げる。美術館の建築、コレクション、学芸員である。建築とコレクションは目に見えるからわかりやすい。しかし学芸員とは一体どこにいて何をしているのか、その顔が見えない。このような声に応えるべく、鳥取県立美術館では今月より月に一度、「学芸員ショーケース」という企画を開始した。新しい美術館で展示や収集、教育普及などを担当するスタッフが一人ずつ、あるいはチームで、自分がしてきた仕事や興味をもっている対象を語り、時にはカフェ形式で来場者とともに語らうという企画であり、いわば学芸員の可視化である。詳細な情報は鳥取県立美術館のプレサイトに譲る。多くの方の来場をお待ちしている。
私は25歳の時に美術館に就職し、そのまま40年近く関西の三つの美術館と鳥取県立博物館、そして県立美術館で仕事を続けてきたから、学芸員としてはヴェテランといってよかろうし、私自身も「生涯一学芸員」を座右の銘にしてきた。しかしその私でさえ、学芸員の仕事の全幅を説明することは難しい。例えばその一つ、展覧会を例にとっても次のような仕事が付随する。まず展覧会の趣意書を書き、展示に加えるべき作品を決める。作品の所蔵先を調べ、趣意書を携えて出品交渉を行う。展覧会の助成金やらスポンサーを探すこともあるだろう。美術運送の専門業者と集荷の詳細や保険について相談する。出品作品を会場図面に落とし込んで、会場構成を考える。ポスターやフライヤーといった広報物の作成も大切な仕事だ。この傍らでカタログのための原稿を書きながら、作品集荷の段取りを調える。実際の借用にあたっては借用証をはじめとする書類一式を調えてトラックに乗り込み、借用先で作品を点検しつつ長い借用の旅を続ける。美術館に戻るや、そのまま展示作業の立ち合いだ。トラックの同乗から原稿の執筆、仕事は多岐にわたり、事務量も半端ではない。実際に私はこんな風にいくつもの仕事をこなしてきたし、それが学芸員としての本領だと思っていた。
30年ほど前になるが、初めてのクーリエ(作品への随行)の仕事でローマに赴いた時、おおいに驚いたことがある。展覧会を担当した学芸員とは彼女が作品調査で来日した際に面識があったから、日本から運ばれた作品がローマの会場で開梱された時、当然、彼女が作品の点検やら会場構成の指示やらに展示室に現れると思っていた。ところが、作品の点検はその美術館のコンサヴェーターたちが行い、作品の配置や展示についてはその美術館専属のアーキテクトという名刺をもった男性が実に手際よく進めていく。作品の点検と展示は学芸員以外のスタッフによっててきぱきと進められ、担当学芸員が展示室で立ち会うことはないのだ。自分が選んだ作品が梱包を解かれ、会場に姿を現し、さあ、これからこれらをどのように料理しようかと考える瞬間が学芸員にとって至福の時だと考える私にとってはなんとも理解しがたいことであったが、アーキテクトもまた実に見事に作品を配置する。後で彼と話すと、彼はローマ国立近代美術館の建築を熟知しているだけではなく、展示する作品についてもサイズや色をあらかじめ暗記するほどに勉強しているから、難なく作品を配置できるのだという。さすがプロフェッショナルだとひどく感心したことを覚えている。
時が流れ、近年、日本の美術館でも職能の分業化が進んでいる。作品の保護や修復を専門とするコンサヴェーターを置く美術館はずいぶん増えたし、普及教育を専門とするエデュケーター、資料を体系的に管理するアーキヴィスト、作品の貸出を管理するレジストラーといった横文字の職名が増えている。国立美術館などでは作品の展示を高名な建築家に依頼するケースも出てきた。
かつての私のように展覧会に関わる仕事を一人で抱え込む場合と仕事ごとに複数の担当者が分業する場合といずれがよいか。これはなかなか難しい問題だ。私自身は自分が担当した展覧会であれば可能な限り多くの仕事に関わりたい。したがって出品交渉からカタログの執筆、作品の借用から展示まで担当学芸員が責任をもつという、かつてのスタイルを好むが、おそらくそれは昭和の人間の感慨であろう。明らかに時代は職能を分担する方向に向かっている。現在、私は来春の開館記念展の準備を進めているが、まず借用の可否を知り合いのキューレーターに打診し、具体的な交渉はレジストラー、借用にあたってはコンサヴェーターが対応するというのが定石となっている。
しかしこのように各種の横文字職員、スペシャリストが待機しているのは都市部の大きな美術館だけだ。私たちの美術館ではさほど多くないスタッフがそれぞれに自分の専門や得意分野を生かしてコンサヴェーターからエデュケーター、さらにはIPM(総合的有害生物管理)担当といった広い範囲の仕事を分担している。それぞれのスタッフがどのような得意技をもっているか。「学芸員ショーケース」はそれを確認していただくよい機会になると思う。