館長エッセー 第1回 劇場としての美術館
映画にも造詣の深い小説家の阿部和重がどこかに書いていたように記憶する。劇場の暗闇の中で映画を見ることとリビング・ルームのソファにもたれてヴィデオを鑑賞すること、その絶対的な差異はどこにあるか。阿部は次のように答える。リビングのヴィデオ鑑賞は通常一人だけの営みだ。それに対して劇場には常に他者が存在する。結果としてどのようなことが発生するか。見る者は映画の中で生起する出来事に対して笑いや怒り、悲しみといった感情を覚える。ヴィデオ鑑賞の場合、それは一人で完結している。しかし劇場では必ず他者の反応との間に偏差が生まれる。全く面白くない場面で皆が笑ったり、逆に悲しみを覚える場面でほかの観衆は平然としていることを知る。阿部はかかるギャップを体験するためにこそ映画は劇場で見るべきであると論を進めていたのではなかっただろうか。劇場の体験は自分の感覚を相対化する。
美術館で作品を見る体験はこれと似ている。一枚の絵画から受ける印象は人によってさまざまだ。明確なストーリーのある映画に比べて、たとえ具象的な絵画であってもそこに込められたメッセージは多様であり、受け取り方も千差万別といってよい。例えば岸田劉生の描く《麗子像》はどうか。愛娘を描いた愛情に満ちた絵画とみなす人もいれば、なにやら不気味な少女像と感じる人もいるだろう。映画の中の出来事に対する感情に正解がないように、絵画から受ける印象にも正解はない。私はこのような多様性こそが重要と感じる。数学や物理学に代表される自然科学においてはしばしば答は一つであり、絶対的である。これに対して美術や映画、あるいは文学といった芸術において答えは一つではない。多様性こそが文化なのだ。
当館が収蔵したアンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》について大きな議論が巻き起こったことは記憶に新しい。私はこれこそ劇場の中で映画を見る体験ではなかったかと感じる。価格も含めてこの作品に対する感情は実にさまざまであった。そして多くの人がその感情を言葉にした。劇場の中で観衆が声を上げ始めたのだ。これはきわめてまれな出来事であるが、美術館という場にとって決して悪い体験ではなかったと感じる。収集の経緯を説明する集会では、高価すぎる、芸術ではないといった声を多く聞いた。しかしその一方でどの会場でも必ず終了後に、自分は好きだ、よい作品を購入してくれたと伝えに来てくれる人がいたことに私たちは励まされた。私自身はこの作品を購入したことを一度たりとも後悔したことはないし、新しい美術館の出発にふさわしい名品をゆくりなくも手に入れることができたと考えている。美術作品との出会いは一期一会だからだ。しかしながら私は自分の考えが絶対に正しいなどと考えたことはない。だからこそ批判も含めてさまざまな声に可能な限り耳を傾けてきたつもりだ。多様な声がある。しかしそこに正解はない。重要なのはお互いの声を認め合うこと、自分の感覚を相対化することではないだろうか。逆にそのような自由な議論の場を保証すること、言い換えるならば多様な価値観を保証することこそが美術館の使命であると私は考える。振り返って考えてみよう。印象派でもフォーヴィスムでもよい。新しい表現が登場した時、必ずそれらは罵倒され、批判された。しかし美術館がそれらを展示し、作品の前で自由に議論する場を確保したことによってそれらの表現は認められ、美術史の中に登録されたのだ。
議論を誘発する力において《ブリロ・ボックス》は20世紀美術においても群を抜いた例の一つであることは間違いない。それゆえ山陰の小さな町でさえ大きな騒動が引き起こされた訳であるが、私は本質的にすべての美術作品がそのような力をはらんでいると考える。そしてそのような議論の場が美術館なのである。
友達でもよい、恋人でもよい、私は誰かと一緒に美術館に出かけることをお勧めする。残念ながら作品の前で自分の感想を大声で述べあうことはできないが(私はこのような常識も一定の条件のもとで見直されてよいと思う)、展示を見終わった後にテラスやカフェで、自分にはどう見えたか、どう感じられたかを語りあってみてはどうだろうか。あなたに見えなかったものが友達に見えたかもしれないし、恋人が感じなかった感情をあなたが覚えるかもしれない。それを知ってもう一度二人で作品の前に戻ってもよいだろう。自分はこのように感じたが、このようにも感じられるのだ。それを知った時、おそらくあなたの世界は広がるはずだ。